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植物だって生きている

ベジタリアンに対する批判として一番多いのが、植物だって生きてるじゃない、かもしれません。

たしかに植物も生きていますが、神経が発達している動物と神経のない植物とでは、違うと思うのです。
以下は京都ベジフェスで言ったことです。

「結局は価値観の問題とも言えると思います。
人が呼吸をするだけでも、たくさんのバクテリアや細菌が犠牲になります。
人が生きるためには何かを犠牲にしないといけないですが、どこまでを犠牲にするかという問題だと思います。

多くの人にとっては、野菜を土から取ったり、包丁で切ったりすることに、抵抗はないと思います。
でも、牛や豚を自分で処分しなければならないとしたら、かなり抵抗があると思います。
それが現代の一般的な価値観ではないかと思います。

今は技術が進歩してたくさんの穀物や野菜を生産できる時代になり、植物性の食べ物だけでも十分に生きて行けるようになりましたので、ベジタリアンの生活という選択肢も考えられるようになったと言えます。」


食の祭典であるベジフェスで「バクテリア」とか言って大丈夫かと思いましたが(笑)、宮沢賢治の作品に書いてあったので言っちゃいました。

ベジタリアンになる理由として一番説得力があるのは、動物は痛みを感じるから、だと思っています。
しかし、その動物がかわいそうと思うかどうかは個人の思想の問題になるので、難しいですね。

野菜を育てたり栽培する方法は学校で学びますが、肉が食卓に上るまでの過程は学ばないというのが不思議というか、残念というか、これでいいのかと思います。
屠殺のシーンを見たら、先進国の子供のほとんどはかわいそうと思うことでしょう。


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No title

「かわいそう」という言い方は感情的かもしれないので、「残酷」という言葉が良いかもしれません。
屠殺の場面は、それはそれは残酷です。

それから、痛みを伴わなければ動物を殺しても良いのかというと、そうは思わないので、やっぱり生命の問題になるのでしょうか。

この前友人が言っていた

「釣られた魚が絶叫できたら、今みたいにレジャーとして普及していたか。」
って言葉にハッとしました(笑) 家庭菜園も同じですね。

感情的になるのは、悪いことではないと思います。
感情移入をするから、やさしさが生まれる。
「感情的だ」と言う人は、何も見ていない人か、何かを隠そうとしている人。
知っている上なら、その人の感受性の範囲が違うだけで、仕方のない事ですが。。

自分と似た動物が苦しむ姿を見て、「可哀想だ」と思うのは、自然なことだと思います。

No title

Natsumiさん、こんにちは。
ベジ活動、頑張ってますね~

魚が絶叫したら、釣りは普及しなかったでしょうね。
今では考えられないですが、子供の頃、たまに釣りをしていました。
針が刺さって痛いだろうなとは思っていましたが・・・

人に似ている動物が苦しむ姿を見たら可哀そうと思うのは、自然なことですね。
そういう意味でベジタリアンの生活は特別なことではなく、自然なことで普通のことなのだと思います。

自分も動物がかわいそうと思いつつも肉を食べていましたし、肉を食べる人も動物を大切にする気持ちはあると思うので、少しずつ変わっていくと思うのですけどね。

プロフィール

ヴィーガンたかし

Author:ヴィーガンたかし
2006年にベジタリアンになり、2008年にヴィーガンになりました。
ベジタリアンの生活には、動物保護、健康的、エコといったメリットがあるので、多くの方に知ってもらえたらと思います。
職業:翻訳者(特許翻訳)

ここでは、肉、魚、卵、乳製品を含まない食事をヴィーガンと呼んでいます(ハチミツ、白砂糖は一応OK)。

2011年イベント
9月25日(日) 第一回名古屋ビーガングルメ祭り2011 鶴舞公園
10月9日(日) ベジフェス佛光寺2011 京都・佛光寺
10月15日(土)16日(日) 東京ベジフードフェスタ2011 東京・代々木公園
10月29日(土)30日(日) Vege&Fork Market Vol.3 川崎・麻生環境センター


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